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takibi BRAND HI(火) STORY

マクロミルの誕生

杉本さんは2000年の3月にリクルートを退職。会社の登記はその年の1月に済ませていた。
当時ネットリサーチ会社はほとんどなく、NTT-XがGooリサーチを、またNECがデスクトップリサーチという事業をしていたが、いずれも本業というより、ポータルやパソコン事業の付随としてこれもできるというぐらいの位置付けであった。

「僕たちは必死にシステム開発に注力して、2000年の8月に一応Ver.1.0が稼動を始めた。
だけど安定しなくて、負荷がかかるとすぐにフリーズする。その上問い合わせも全くこないんです。当時はまだインターネットリサーチという業界自体の認知がなくて、まずは業界を企業に知ってもらおうという時代でした。2000年の12月に青山スパイラルホールで、インターネットリサーチ会社数社が合同でシンポジウムを開催しました。

yahoovalueinsight.jpgその時に出てきた競合会社はインフォプラントとインタースコープ。彼らはその後、ヤフーバリューインサイトとなり、結局マクロミルと合併したから、当時イベントに出てきたメンバーは結局ほとんど同じ会社になったんです。でその頃から日経ビジネスに取り上げられたり、また新しいシステムがリリースされて安定し始めたりしたことから、だんだん事業が立ち上がり、ようやく忙しくなってきたんです。」

杉本さんはリクルートでの調査作業の経験から、当時の調査会社の大きな問題点を見出していた。従来の調査会社には専業の営業がおらず、調査担当者が営業から調査設計、実査作業も兼ねていた。組織ではなく個人で仕事をしていた。広告会社や大手広告主では守秘義務の課題もあって、だいたい系列や関連調査会社があって利権が守られている。
営業をしなくても仕事はほぼ確実に来るようになっていた。自分がある調査で忙しくなれば、すぐに他の調査の受注を手控えることも目に見えている。

「リクルートでは営業をものすごく鍛える。必ずどの事業でもまず強い営業マンを作るんです。その経験があり、もちろん新規参入だから、僕はまず営業部隊を作り調査担当者と分けた。これがパティキュラー1。

次にパティキュラー2は、黒子から脱しようと思った。調査産業がもっと表に出てきてもいいんじゃないかな、と。それでタレントを使い、広告宣伝をするようにしました。

airs3.jpgパティキュラー3は、徹底した自働化。AIRsを作り調査のオートメーション化を進めた。だから少ない人数、低コストで調査が可能になったのです。これが僕の中では、成功への3つの方程式だったのです。

これとは別に、インターネット調査の信頼度という問題も大きかった。要するに当時はネットが普及途中だったので、ネットユーザーには代表性がないと。大都市圏の男性、しかも技術職が多いでしょうと。だから例えば調査業界の親玉、統計数理研究所の教授という人が、インターネット調査を貶めるような論文を書いたりしていた。
そういうのに反論するためにいろいろな研究をし、発表するという地道な努力も必要でした。今ではネットが普及してそういう論点自体があまり重要ではなくなりましたが・・」

マクロミルのブランディング戦略

その当時のマクロミルのマーケティング戦略を改めて聞いてみた。

yoshinoya_logo.jpg「僕は、明朗会計でもっと身近な存在の調査会社になりたいと思った。ユニクロとか、牛丼の吉野家みたいに。

あるいはバイク便。バイク便ってどこでもいいでしょう?機能が似ているから。結局はいかに身近ですぐに思い出してもらえるか。だからマインドシェア、すぐに名前を思い出してもらえるかどうかが大事。

sokuhai.jpg今までBtoBの仕事ではそういう手法をとる経営はあまりなかったけど、だから僕はパンフレットでも、お中元や挨拶にしてもすぐに捨てられない、取っておきたかったり、話題に出たりするようなものを作ろうと思ってきた。そこで朝倉さんがいい仕事してくれたんです(笑)」

この戦略は特に、マクロミルのターゲットユーザーが、広告会社や大手マーケティング会社、メディア会社などいわゆるミーハーなタイプの顧客が多いだけに、見事にはまったようだ。私たちもネットリサーチ自体についての調査結果を見てきた。調査をする人がどういう心理・態度で調査をするか、をである。

macromill_panf.jpgmacromill_katori.jpgmacromill_caramel.jpgmacromill_youji.jpg

「調査は、調査好きの人が調査をして、頭脳を酷使出来て嬉しがっている」そんなことはまったくないのである。
だいたい調査をする前には「大変だな、難しそうだな、もし結果出なかったらどうしよう、とストレスを感じ、面倒臭いな、誰かやってくれないかな・・」と大多数の人たちが思っている。
だから、takibiもなんとかマクロミルを明るい、楽しい、お茶目で気がおけない、そういう会社に見せようと努力を続けてきた、というわけである。

macromill_logo_old.jpgそしてタグラインという社名の近くにあるコピーは、最初は
「私たちがマーケティングリサーチを変える」
これは既存のマーケティング産業・調査業界への、ある種挑戦文である。その後は、
「ネットリサーチなら、マクロミル」
いくつか競合企業が出現する中で、ネットリサーチ=マクロミル。たとえばヤマハのエレクトーンがそのまま商品名になったように、第一人者としてこの市場を制覇する。
そういう思いや戦略がこのタグラインとなり、またそれはその後のヤフーバリューインサイトとの合併で現実への予言ともなった。

data_kakarichou.jpg「最初は、菊川怜さん、次に原田知代さんを起用しました。しりあがり寿さんにお願いしてデータ係長という漫画も長いことやりましたね。やはりネットリサーチって一見難しそうで手強い。どんどん新しいユーザ、まだネットリサーチをやったことがない人に使ってもらわなければいけないから、綺麗な優しい人に話してもらう、ユーモアを入れる、そういう風にしてネットリサーチの敷居を下げていこう、親しみを感じてもらおうと朝倉さんと話してきたんです。」

技術会社の多くは自分の技術はすごい、自慢したい、そういう気持ちにかられるが、その機能や信頼性はイメージではなく実績や評判で伝わるもの。モテる男の多くがそうだが、できると見えてほっとする、優しい、そういう抜けやギャップのあるブランドキャラクターが顧客には印象深く、存在感として映るということではないだろうか。

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